2022年5月7日土曜日

息子が20歳になりました



 

息子が20歳になりました。
 


産後すぐの頃、授乳が痛すぎてつらかったこと

寝かしつけがいつもすごく大変だったこと
(グズッてなかなか寝ない&置いたらすぐビクっと起きるタイプ)

赤ちゃん独特の愛おしい匂い

夕方に泣き止まない息子に途方に暮れて、一緒にわたしも泣いたこと

卒乳のときの、身がちぎれるような切なさ


なかなかオムツが取れない心配


寒い冬の布団で一緒に寝るときの湯たんぽ的なあたたかさ


柔らかなほっぺぷっくりを両手で包んでクンクンするいとおしさ


そんな、ささやかな日々のことが思い出される。


彼が7才になるまではけっこうストイックに、こどもの心と身体の健康をかなり大切にした暮らしをしていた。

(安産のための毎日のお灸、産後のベビーマッサージ、母乳育児のための食生活、毎晩の読み聞かせ、テレビを見せない、夜のライブにはできるだけ連れて行かない、等)


その後彼が大きくなっていくにつれ、わたし自身はときどき飲み過ぎの朝帰りをするような自由なスタイルになっていき(ストイックは7才まで充分にやった)、

息子が朝、学校に行く時間に間に合うのかどうなのか?というギリギリの”アセリ朝帰り”の場面もときどきはあったりしつつも(爆)、

幼稚園や高校3年間のお弁当は二日酔いでも用意したし、

飲みに出る前には夕飯を用意して出たり(夫にバッサリまかせることも多々あり)、

ライブの翌日、ヘロヘロのまま早朝から野球チームのお世話に出たり、

ざっくばらんなスタイルではあったけれども、

おおむね、健やかに育ってくれたんじゃあないかとおもう。


20年、音楽活動と平行して、かけぬけた感。。


これからは良い飲み仲間として、楽しい関係になっていけたらいいです。


これまでわたしたちに関わってきてくれた、愛情を注いできてくれたすべての人たちに、心からありがとう。


これからも、どうぞよろしくお願いします!


photo by 近藤ナオユキ (2003年)

2021年3月20日土曜日

植木等さんに奇跡的にサインをもらったときのはなし

 


引き出しの整理をしていたら、

30年くらい前に植木等さんにもらった、奇跡のサイン入りのTシャツが出てきた。

懐かしいので、

その、植木等さんにサインをもらったときの話。

**

学生のときに観に行った、植木等さんと大地真央さんのミュージカル舞台。

終演後、

植木さんに直接お会いしたくて(当時「植木等とクレージーキャッツ」にとてもハマっていた)、

裏口で出待ちをしていた。


サインが欲しかったけれど何も持っていなかったので、

たまたま目の前を通りかかったスタッフの人に、

マジックを借してください、と声をかけてみた。



するとなぜか、その裏口から、建物内に通された。

そこらへんのマジック適当に使ってください、と言って、スタッフの人はそのままどこかへ行ってしまった。

わたしはたぶん、裏方スタッフと間違われたのだ。


チャンス。ここは…楽屋に続いているぞ。

と、そのままどんどん進んで、植木等さんの個室をみつけた。


わたしは息を吸い込んで、そのドアをノックした(恐い物知らずの18才だった)。

(向かい側には大地真央さんの暖簾)

 
部屋には植木等さんご本人がいらっしゃって、神々しくておののく。


いきなり楽屋に押しかけたみすぼらしい格好の、知らない若者のわたしに、

お付きの人は、どなたですか、と、不審顏。


ファンです、サインください、

と正直に言うと、

アポなしでそういうのはちょっと、と、そのお付きの人に制された。


それをみていた植木等さんご本人が、

「まあいいじゃないか」

と言ってくださって、


なんと、サインをもらえることになった。

押しかけてみてよかった!!


とはいえ、わたしは色紙やスケッチブックなどいっさい持っていなくて、

先ほど借りたマジック一本だけを握りしめている状態(完全なる見切り発車)。


植木さんも、何に書けば?という具合に戸惑っていらっしゃった。


結局、その日着ていた古いTシャツしか選択肢がなくて、

そのヨレヨレのTシャツをピーンと広げて、

貴重なサインを書いてもらったのでした。


さらに、やさしい励ましの声までかけていただいて。
 

レコードで聴いたり、テレビで観たりするご本人はほにゃらかな雰囲気だけれども、

実際にお会いすると、とても大物感漂う、凛とした方だった。

とてもかっこよかった。


無茶したけど、無茶したかいがあった、1991年の、奇跡のサイン。

貴重。。


2021年2月25日木曜日

素直な“受信力”と、それをかたちにする”瞬発力”と”ワクワク”


わたしは、じぶんの音楽を、作品を、

じぶんの脳内でうんうんひねり出して”つくっている”んではなくて、

生まれ出ようとする”なにか”を受け取って、

その”なにか”を、じぶんを通して世に表現しているのかもしれないな、と思うときが、ときどきある。


もともと、シンガーソングライターになりたいと思っていたわけではない。
(裏方さんを目指していた)

ただ、若い頃から、あふれる言葉はノートに書き続けていた。

(高校生の頃は短歌作りに没頭していて、その”五七五七七”の世界で表現する”ことば”の精神が、知らず知らずにその後の曲作りに役立った)


それはもともと、自分自身を癒すため。

あふれることばを、書いて表現していないと、エネルギーが飽和して、若い頃にとっくに頭がおかしくなっていたか、もしくは死んでいたかもしれないな、なんて、思う。


わたしは日本語の美しさが好きで、

そして、ことばが浮かんだときに、その言葉になじむメロディも一緒に浮かぶ。


そのスイッチが入ってからは、

まるで水を得た魚、というのかな、

おおげさに言うと、

やっとこの世界で自然に息ができるアイテムを手にいれたような感じ。


これまでは、そんな感じで、気持ちの向くままに、その時々の作品をつくって突っ走ってきた。


そして、いろいろと経たいま、

改めて、

その、”浮かぶことばを曲にする”ツールを、

じぶんの癒しのためだけではなく、

もっとたくさんの人の心の癒しになるような、

そんなことにつかうときがそろそろ来ているんじゃあないか、

なんて思ったりしている。



その、もっと多くの誰かのためになるような”なにか”の光やアイデアが、

届いたときにすんなりと受け取れるように

素直な“受信力”と、それをかたちにする”瞬発力”と”ワクワク”を、

いつも持っていたいと、おもってる。

 

2021年1月3日日曜日

相模湖でMV撮影

 
新年あけましておめでとうございます。


今年もどうぞよろしくお願いいたします!


年明け早々、バンド"SPORTS MEN"チームと、みの石滝キャンプ場の山口さんと、メイクの八巻さんを巻き込んで、相模湖でMV撮影でした。


SPORTS MENというバンドは、最近新作を出したばかりのセンスの良い若者たちで(アルバムへのコメントも寄せさせてもらいました)、


音も映像もセンスが良いので、気軽な感じでMV制作をお願いしてみたところ、思いのほかしっかりとした映像チームで、こちらが恐縮してしまうほど、かなり綿密に取り組んでくれました。


リーダーの豊田くんは企画や準備や指示を担当してくれて、ほかに締め切りの仕事がたくさんあるそうで撮影当日は来れなかったのだけれど、とても頼もしい存在。

当日は、ベースの中村くんとウクレレの澤田くんとで、

大変な撮影機材の大荷物を抱えて電車移動&徒歩(!)で来てくれた。

大荷物を携えて朝から相模湖のあたりをロケハンしてくれていたみたいで、頭が下がります。。


メイクの八巻さんは、”イトナミ”のMV撮影の時からのご縁で、武蔵野公会堂の時もお世話になりました。

いつも柔らかな雰囲気で、終始とっても気が利く素敵女子。


そして、みの石滝キャンプ場の、山口さん!!


2002年からのイベント”勝手にウッドストック”で毎年お世話になってきました。

おととしの台風でキャンプ場がすごく被害を受けて、まだまだ大変な中なのに、

快く引き受けてくださって、

神的ボートさばきで、寒い中、朗らかに一日中付き合ってくださいました。

(ほんと神)


わたしはほんとに、良い出会いに恵まれているなあ、とおもう。

関わってくれる人たちがみんな良い人ばかり。

ありがたいです。。



日が暮れてからは、

ボートに電球を施しての撮影。

(中村くんと澤田くんがせっせと施してくれた)


そして湖の上で、どんどん下がっていく体感温度。。


2000年の「星と花」のMV撮影の時の“真冬の風びゅうびゅうの真夜中の九十九里浜“に追随する寒さだった。


そんな中、みなさま長時間ずっと笑顔で素敵な仕事をしてくれてました。

感謝、尊敬。


出来上がりが楽しみです。



2021年も、いろいろ気をつけながら楽しくやっていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします✨
 

2020年11月16日月曜日

新作「丘の向こう」について

 


今回のアルバムは、

もしもよかったら、

イヤフォンやヘッドホンで

歌詞を見ながら

個人的にググっと深く、聞いてもらえたらと思います


家族と笑いながら、とか、

アウトドアで友人たちと

とか

小さなこどもの子守唄に

とか

気持ちの良い日に洗濯物を干しながら、とか

そういうのには、どうしたって向かないかと思われます


時折、

“新作楽しみにしています!”

という声をいただくと、


もしかして

その期待してもらっている感じの作品ではないかもしれない、

これで良かったのだろうか、、

と、


少しだけ、心配してしまいます


今のじぶんを投入しすぎて、(毎度のアルバムでそうなのだけれど)

聞いてくれる人の気持ちをおいてきぼりにしてしまったんじゃあないか

なんて思ってしまったりして

前にも横にもどこにも

進めないような気がしてしまう

(リリース前ブルー)


でも、

これがシンガーソングライターの生き様です

(それが許されるならば、)


次はもっと、

みんなが笑顔で聴けるような全体的に爽やかな作品をつくりたいと思ったりもして

(この気持ちが、次への原動力にもなるの)


でも、今は断然、これがつくりたかったのです

これが今の正直なかたち。(じぶん自身の弔いでもある)


作品としては、

関わってくれた音楽家たちやエンジニアの方々、アートワークの人たちの素晴らしさに支えられ、

ちゃんとちゃんと、素敵なかたちになっています。

感謝100パーセント!!!ありがとう!!!!


なにしろ、身を削って生きてます

ヒリヒリで生きてます


でももう、そこから卒業しようとしている今日この頃(今、その過程)


正解も、不正解も、ないのです


そんなわたくしに、ずっと付き合ってくれてありがとう。


新作の試聴はこちらです
https://youtu.be/2n9aivZZBvc


2020年9月26日土曜日

戸隠神社

  いちにちお休みということで、

 長野駅からバスで1時間の、戸隠神社へ向かった。

 東京からずっと出ていなかったので、

 山や田んぼの風景を、本当に久しぶりにのびのびと味わっていた。

 
 バスを降りて、戸隠神社の奥社へは徒歩で40分くらい。


 並木がすごい。


 奥社に近づくに連れて、しとしと雨が降ってきた。


 わたしは、パワースポットに行くと、よくその場所だけけっこうな頻度で雨に見舞われる。

 沖縄の斎場御嶽や久高島、秩父の三峯神社...どの場所でも雨(時には土砂降り)の浄化を受けて、その神域を出ると、大抵さあっと雨が上がるのだ。

 わたしはそんな雨の歓迎になんとなく、神様の合図かな、とおもったりする。


 この日の戸隠神社の奥社もそうで、

 途中から傘が必要な感じになって、

 ここもパワースポットなんだなあ、と感じていた。

 
 もちろん、奥社を後にすると、すうっと雨はやんだ。


 それから中社にも寄ろう思ってバスの時間をみると、1時間後。

 1時間待つくらいなら歩こう、と、そこから25分くらいの道のりをただただ歩いた。

 そんな行程をしていて、この日は気づくと2万歩も歩いていた。

 ヘナチョコの靴だったし、さすがに足が痛い。

 
 そうして夜に、上越に向かった。

 久しぶりのうどん屋鶴越さん。



 小川さんと奥さまが、迎えてくれた。

 また元気に会えてうれしい。

 美味しい天ぷらとおうどんをいただいて、

 ゆっくりと休ませてもらった。

2020年9月25日金曜日

長野ネオンホール

 久しぶりに、旅に出れた。

 東京を出るのは、2月のツアー以来、8ヶ月ぶりくらい。

 うれしい。


 ネオンホールはしっかりとコロナ対策を整えて迎えてくれて、

 わたしもぜったいに東京からコロナを持ち込まないように、と気をつけながらの初日でした。



 ネオンホールは初めての場所だったけれど、

 趣のある、なんとも素敵な空間だった。


 そして、ご近所のお花屋さんにお願いしたというお花がステージに。

 こういうささやかな素敵な演出に、グっとくる。

 
 そして、フルートのユッキィや原耕太くんとの、

 あたたかく楽しい演奏のひととき。

photo by なっちゃん@ネオンホール ありがとう!

 人と会って、

 一緒に演奏して、

 笑って、

 おしゃべりして。(終始マスク越しだけれど)

 こんな時間を、過ごしたかったの。


 ありがとう。

 おかげさまで、楽しい夜でした。