超過密スケジュールの合間を縫って、岸田くんがレコーディングに来てくれた(わざわざ吉祥寺まで)。
エレキギターと、コーラスを入れてもらった。
いやあ、岸田くんサウンド、いいねえ!
素敵すぎる。
もうありがたいありがたいありがとう、もったいないくらい。
わたしは、彼の人となりがとても好きだ。
そしてもちろん、演奏も!!
ぜったい、いいアルバムにします。
2007年7月26日木曜日
CM録音2〜ハバナムーン
先日のCMとは別のCMの歌録りのため、六本木のスタジオへ。
このCM用の曲は、詞も曲も自分のではないため、どうしても自分の歌の下手さが浮き彫り立ってしまう。
短い曲なんだけれど、うまく歌えず何度もやり直し、手直しし、申し訳ないなあ、と思いつつなんとか出来た。
OKは出たけれど、あれで良かったんだろうか、もっと歌い直すべきだったんではなかろうか、と少し後ろ髪を引かれつつ、スタジオを後にした。
吉祥寺に戻って、ハバナムーンにちらりと寄った。
木下さんがいいレコードばかりかけてくれる。いつも新しい発見がある。
今回は、ちょっと早い時間でお客さんが少なかったので、特別なレコードも大きい音で聞かせてくれた。
わたしは、うーん、いいねえ、とうなりっぱなしだ。
席も、一番音が良さそうなポジションに勝手に移動。
そのレコードやアーティストにまつわるエピソード、とかもおもしろがって聞きながら、そしてそのうち、隣りに座った夫婦としゃべりはじめ、3時くらいまで飲んだ。
ハバナに行くと、ついつい長居しちゃうな。
2007年7月23日月曜日
CM録音
先日CM用に依頼されて作った曲の、本番の録音をしに行った。
都内の立派なレコーディングスタジオで、そこに入ったとたんに、わあ、この場所、今までいろんないい音楽を吸ってきたんだろうなあ、と感じた。初めての場所で、とくにそのスタジオについての予備知識はないのだけれど、とにかく立派な気配があるのだ。いいスタジオだ、と思った。クラウンのときのスタジオに、雰囲気がちょっと似ている。
歌う前に、部屋にご挨拶しておいた。
こんなふうなワタクシですが、どうぞよろしくお願いします。
CMに関わるたくさんのスタッフの方たちも立ち会いに来ていて、そのみなさんがとてもいい感じで、このCMはきっととてもいい感じになるだろうな、と思った。いいものを作る現場って、いい空気が流れてるものなんだ。
おかげさまで、とても気持ち良く、とても楽しく録音させてもらった。
大阪からウクレレを弾きにきてくれた松井さんの演奏も、とてもとても素敵だった。また一緒に音楽やりたい。
いい出会いに感謝。
CMの出来上がりが楽しみです。
2007年7月21日土曜日
2007年7月19日木曜日
父と飲む
昼の能古の島の探検ですっかり疲れていたのだが、その夜は、父とふたりで飲みに行く約束をしていたので、心地よく疲れた身体で藤崎に繰り出した。
会社帰りの父と待ち合わせ、磯貝、という魚料理屋さんに行った。
カウンターに並んで、ふたりともまずは生ビールを頼む。お通しをつまみながら、ゆっくりと飲む。
カウンターの前には、氷が敷き詰められた上に魚市場のように魚たちが並んでいる。伊勢エビもザルの中でガンガンに動いている。
刺身の盛り合わせ、おいしかったなあ!!
中生を飲み干すと、後は冷酒をふたりでちびちびと。
父とふたりでゆっくり飲むのって、すごく久しぶり、もしくは初めてに近いかも知れない。
いろんな話をした。仕事のこと。家族のこと。
父は、普段お酒が入っていないときはあまりしゃべらない方なので、こうやって差しで飲みながらゆっくり話せてとても良かった。へえ、そんなこと考えてたんだあ、とか、うれしい発見があったりして。
父が、今までずっと家族を一番大切にしてきてくれたこと、も、改めて感じた。
わたしの小さい頃、父は、普段は仕事仕事でほとんど家にいなかったが、そのせいでわたしたち子どもが父を遠くに感じることはなかったし、逆に、みんな父のことが大好きだった。いつもそばにいることはなくても、父の愛を、肌で感じていたんだと思う。
大人になってこうやって父と話して、ああやっぱり、お父さんがわたしのお父さんで良かったなあ、と思った。そして、父にもそう言った。
そんなふうに、おいしい魚料理を食べながらゆっくりと飲み、満足な気持ちで、昼間の疲れも手伝って、ああもう眠いや、と言いながらお店を後にした。
そうして、父のお気に入りのスナックに移動。そう。わたしがもう眠いと言ったからといって、2件目に行かないわけにはいかないのだ。楽しい夜というのは、1件目だけでは尻切れとんぼなのだ。
スナックで、父はウイスキーの薄い水割りを、わたしはロックを飲みながら、ママさんとしゃべる。
そうして父は上機嫌に歌を歌いはじめる。コモエスタ赤坂、夜の銀狐...。
もちろんわたしにも歌えと言う。
もちろん歌った。
ギターがあればもっといろいろオリジナルとかも歌いますよ、と言ったら、ママさんほんとに店の奥からギターを出してきた。驚き。新しく入って来たほかのお客さんに向けても、歌う。そのおじさんの歌ももちろん、聴く。
そんなふうに、父との楽しい夜は更けていった。
うん、すごく楽しい夜だった。
お父さん、ありがとう。
会社帰りの父と待ち合わせ、磯貝、という魚料理屋さんに行った。
カウンターに並んで、ふたりともまずは生ビールを頼む。お通しをつまみながら、ゆっくりと飲む。
カウンターの前には、氷が敷き詰められた上に魚市場のように魚たちが並んでいる。伊勢エビもザルの中でガンガンに動いている。
刺身の盛り合わせ、おいしかったなあ!!
中生を飲み干すと、後は冷酒をふたりでちびちびと。
父とふたりでゆっくり飲むのって、すごく久しぶり、もしくは初めてに近いかも知れない。
いろんな話をした。仕事のこと。家族のこと。
父は、普段お酒が入っていないときはあまりしゃべらない方なので、こうやって差しで飲みながらゆっくり話せてとても良かった。へえ、そんなこと考えてたんだあ、とか、うれしい発見があったりして。
父が、今までずっと家族を一番大切にしてきてくれたこと、も、改めて感じた。
わたしの小さい頃、父は、普段は仕事仕事でほとんど家にいなかったが、そのせいでわたしたち子どもが父を遠くに感じることはなかったし、逆に、みんな父のことが大好きだった。いつもそばにいることはなくても、父の愛を、肌で感じていたんだと思う。
大人になってこうやって父と話して、ああやっぱり、お父さんがわたしのお父さんで良かったなあ、と思った。そして、父にもそう言った。
そんなふうに、おいしい魚料理を食べながらゆっくりと飲み、満足な気持ちで、昼間の疲れも手伝って、ああもう眠いや、と言いながらお店を後にした。
そうして、父のお気に入りのスナックに移動。そう。わたしがもう眠いと言ったからといって、2件目に行かないわけにはいかないのだ。楽しい夜というのは、1件目だけでは尻切れとんぼなのだ。
スナックで、父はウイスキーの薄い水割りを、わたしはロックを飲みながら、ママさんとしゃべる。
そうして父は上機嫌に歌を歌いはじめる。コモエスタ赤坂、夜の銀狐...。
もちろんわたしにも歌えと言う。
もちろん歌った。
ギターがあればもっといろいろオリジナルとかも歌いますよ、と言ったら、ママさんほんとに店の奥からギターを出してきた。驚き。新しく入って来たほかのお客さんに向けても、歌う。そのおじさんの歌ももちろん、聴く。
そんなふうに、父との楽しい夜は更けていった。
うん、すごく楽しい夜だった。
お父さん、ありがとう。
能古島
福岡でわたしの好きな場所、のこの島に行った。
姪浜の港から、船で10分。

島についたとたん、今日は非常に暑い日だ、ということに気付く。島だけが暑いのか、福岡全体が暑いのかは分からないが、とにかく暑い。
風もない。そしてじりじりと焼き付ける太陽。
でもまあとりあえずはまず、のこうどんを食べる。

麺が細くておいしい。

そしてレンタル自転車を借りて、島めぐりに出た。
数分も走ると、あとはずっとずっと上り坂。
炎天下、予想以上にハードな道のり。
母もわたしも汗だくで、自転車を押しながら上る。

とにかく暑く、日差しは強い。
ときどき、眼下に海が見える。
途中何度も、もうここいらへんでいいだろう、とか、頂上遠いなあ、とか、へこたれそうになるが、なんとなく母もわたしもがんばってしまい、最後の急坂も無理無理上った。

そうしてやっとこ頂上を通り過ぎ、下りのコースになってホッとしたのもつかの間、その下り道がちょっとワイルドな山道で、細くてガードレールがない上に、先日の台風の影響だろう、道中に木切れや葉っぱや石ころが散乱しており、少しでも気を許したら、道を外れて下まで落ちてしまいそうな勢い。小石や木切れにタイヤをひっかけて、いつでも落ちて良い状況。息子を乗せているので、かなりドキドキだ。しかも、下りている間じゅう、自転車のブレーキが、狂ったようにキーキーとなり続けている。この音にもハラハラだ。せっかくの森の静寂が、台無しなのだ。鳥たちは、なんだなんだと我先に逃げていくに違いない。
そうこうしながらも、無事ふもとまで猛スピードで走り下り、レンタル自転車はこの島には向いてないんじゃないか(なにしろほとんどが坂だから)、と母と話しながら、自転車を返した。
慣れない酷暑の探検モードであんまりに疲れ、そして喉がカラカラに乾いたので、帰りの船が出る時間まで、近くの喫茶店でお茶することにした。その喫茶店に行くにも、急坂を登る(自転車を返したので、徒歩で)。息子はさすがにもう弱音ばっかり吐いている。そりゃもうしょうがないよね。わたしも疲れたよ。
お店で涼しい思いをしようと思ったのだが、ちょっと遠くから見ても分かるくらいに、お店のすべての窓は全開だ。どうやらこの島のお店は、ほとんどクーラーを使わないみたいだね、と母と言葉を交わしながら、お店までのラストスパートの階段を上る。
やっとこお店に着いて、さあ冷たい飲み物を頼もう!というのに、いくら呼んでも、お店の人が出てこない。たっぷり5分~10分は出てこなかったんじゃなかろうか。
でも、待ってる間に、お店のうちわで勝手に扇ぎながら、少しずつ暑さも落ち着いて来て、窓からの眺めを楽しむ余裕も出てくる。
息子の「すみませーん!」という渾身の声がやっと、遠くにいたお店の人に届いて、涼しげな感じの素敵な奥さんがさらりと登場。母はアイスコーヒーを、わたしは「なにか炭酸を!」と注文をし、冷たくておいしいサイダーを、心ゆくまで飲んだ。

いやもうこれで満足だ。すべてオッケー。冷たい炭酸ってさ、暑さも、疲れも、ふっ飛ぶよね。
そんなふうにして、我々の小さな思いつきの旅は終わった。
こんなにハードになるとは、誰も予想していなかったが。
思いがけず、とても心に残る一日になった。
レンタル自転車は、きっともう借りないと思うけどね笑(もし借りたとしても、平地のみ利用したい)。
姪浜の港から、船で10分。
島についたとたん、今日は非常に暑い日だ、ということに気付く。島だけが暑いのか、福岡全体が暑いのかは分からないが、とにかく暑い。
風もない。そしてじりじりと焼き付ける太陽。
でもまあとりあえずはまず、のこうどんを食べる。
麺が細くておいしい。
そしてレンタル自転車を借りて、島めぐりに出た。
数分も走ると、あとはずっとずっと上り坂。
炎天下、予想以上にハードな道のり。
母もわたしも汗だくで、自転車を押しながら上る。
とにかく暑く、日差しは強い。
ときどき、眼下に海が見える。
途中何度も、もうここいらへんでいいだろう、とか、頂上遠いなあ、とか、へこたれそうになるが、なんとなく母もわたしもがんばってしまい、最後の急坂も無理無理上った。
そうしてやっとこ頂上を通り過ぎ、下りのコースになってホッとしたのもつかの間、その下り道がちょっとワイルドな山道で、細くてガードレールがない上に、先日の台風の影響だろう、道中に木切れや葉っぱや石ころが散乱しており、少しでも気を許したら、道を外れて下まで落ちてしまいそうな勢い。小石や木切れにタイヤをひっかけて、いつでも落ちて良い状況。息子を乗せているので、かなりドキドキだ。しかも、下りている間じゅう、自転車のブレーキが、狂ったようにキーキーとなり続けている。この音にもハラハラだ。せっかくの森の静寂が、台無しなのだ。鳥たちは、なんだなんだと我先に逃げていくに違いない。
そうこうしながらも、無事ふもとまで猛スピードで走り下り、レンタル自転車はこの島には向いてないんじゃないか(なにしろほとんどが坂だから)、と母と話しながら、自転車を返した。
慣れない酷暑の探検モードであんまりに疲れ、そして喉がカラカラに乾いたので、帰りの船が出る時間まで、近くの喫茶店でお茶することにした。その喫茶店に行くにも、急坂を登る(自転車を返したので、徒歩で)。息子はさすがにもう弱音ばっかり吐いている。そりゃもうしょうがないよね。わたしも疲れたよ。
お店で涼しい思いをしようと思ったのだが、ちょっと遠くから見ても分かるくらいに、お店のすべての窓は全開だ。どうやらこの島のお店は、ほとんどクーラーを使わないみたいだね、と母と言葉を交わしながら、お店までのラストスパートの階段を上る。
やっとこお店に着いて、さあ冷たい飲み物を頼もう!というのに、いくら呼んでも、お店の人が出てこない。たっぷり5分~10分は出てこなかったんじゃなかろうか。
でも、待ってる間に、お店のうちわで勝手に扇ぎながら、少しずつ暑さも落ち着いて来て、窓からの眺めを楽しむ余裕も出てくる。
息子の「すみませーん!」という渾身の声がやっと、遠くにいたお店の人に届いて、涼しげな感じの素敵な奥さんがさらりと登場。母はアイスコーヒーを、わたしは「なにか炭酸を!」と注文をし、冷たくておいしいサイダーを、心ゆくまで飲んだ。
いやもうこれで満足だ。すべてオッケー。冷たい炭酸ってさ、暑さも、疲れも、ふっ飛ぶよね。
そんなふうにして、我々の小さな思いつきの旅は終わった。
こんなにハードになるとは、誰も予想していなかったが。
思いがけず、とても心に残る一日になった。
レンタル自転車は、きっともう借りないと思うけどね笑(もし借りたとしても、平地のみ利用したい)。
2007年7月18日水曜日
2007年7月17日火曜日
2007年7月15日日曜日
2007年7月14日土曜日
福岡
北九州のバンバンのイベント出演のため、ちょっと早めに福岡の実家に戻った。
ちょうど山笠の時期で、家族と、”流れがき”を見に行った。

本番は朝5時くらいからだし、その当日はライブなので、前日の午後のをちらりと見に行くしかできなかったが、息子もわたしも、とても感動した。
わたしは実家が福岡なのに、まだ一度も本番を見たことがない。
これはたいそうもったいないことだ、と思った。
その予行練習、みたいのを見ただけで超感動したんだもの。本番はきっと魂を揺さぶられるに違いない。
ちなみに、わたしたちが見たこの大黒流が、今年優勝したらしい。うーん、なんか縁起いい。
息子はすっかり山笠にハマり、その後ずっとずっと、「おっしょい!おっしょい!」と、見えない何かを担ぎっぱなしだった。そして、風呂場で、”勢い水”をかけてもらっていた笑。

ちょうど山笠の時期で、家族と、”流れがき”を見に行った。
本番は朝5時くらいからだし、その当日はライブなので、前日の午後のをちらりと見に行くしかできなかったが、息子もわたしも、とても感動した。
わたしは実家が福岡なのに、まだ一度も本番を見たことがない。
これはたいそうもったいないことだ、と思った。
その予行練習、みたいのを見ただけで超感動したんだもの。本番はきっと魂を揺さぶられるに違いない。
ちなみに、わたしたちが見たこの大黒流が、今年優勝したらしい。うーん、なんか縁起いい。
息子はすっかり山笠にハマり、その後ずっとずっと、「おっしょい!おっしょい!」と、見えない何かを担ぎっぱなしだった。そして、風呂場で、”勢い水”をかけてもらっていた笑。
2007年7月8日日曜日
キミが見る夢
キミが見る夢は
どんな色でしょう?
最近作った歌の冒頭。
これを部屋で歌いながら息子(5才)に、
これは奎の歌なんだよ〜
と言うと、
息子はものすごくうれしそうにして、一生懸命、歌の続きを聴く。
それ、ぼくのこと?キミって、ぼくのこと?
と確かめながら。
歌に自分が出てくるって、すごくうれしいんだなあ、と思いながら、促されるまま今まで奎に作った歌をいくつか歌う。
彼はとても満足げ。
そして、さらに昔のわたしの曲を聴きながら、
この歌のキミって、ボクのこと?
と聞くので、いや、この歌を作ったときは奎は生まれていないよ、と答えると、
でも、この歌も、ボクのことってことにしていい?
と聞いてくる。
うーん構わないけど、これ、別れの歌だよ、それでもいいの?
と聞くと、
それでもいい、と彼はきっぱり答えた。
それほどに、わたしの歌う対象は、彼にとって重要なんだね。
ライブのときに、ママ行かないで、とベソをかかれると、本当に複雑な気持ちになる。
歌はわたしにとっての喜びだ。そして、聴きにきてくれる誰かのためでもある。でも、大事な息子に淋しい思いをさせている。それはどうなんだ?と、ときどき自分に、問う。
けれども、わたしは歌いに行く。別れ際はかわいそうに思ってしまうけれど、家を出てしまうと、後ろ髪はひかれない。心はライブにまっすぐ向かう。
そして、息子よ、どうか分かってね、と思う。
わたしは、家族を愛し、そして、歌うことも、同じくらいにとても愛しているのだよ、と。
そうして、ステージで歌って、何かを発散して、心を充電して、また、健全な心でキミを愛せるのだよ、と。
わたしが歌う"キミ"は、奎のことばかりではないけれど、でも、世界で一番愛しているよ、と。
けどそれにしても、自分が歌に登場したり、母さんが夜ライブでいなかったり、彼にとってはいろいろな気持ちだろうな。
どうかそれでも、スクスクと育っておくれ。
2007年7月6日金曜日
録音
アルバムのレコーディングは、1年前くらいからぽつりぽつりと始め、スタジオとエンジニアの中村ヒゲくんが空いてる日限定なものだから、気がつくと数ヶ月も間が空いたりして、なんだか進んでいるんだか進んでいないんだか、とにかくいつも先の見えない感じだった。
いつ終わるとも知れないこの遅々とした進み具合にずっと付き合ってきた中村くんが、最近になって、そろそろ終わらせましょうよ!と、わたしのオシリを叩くようにスケジュールを入れてくれた。
それでここ2ヶ月はちょこちょこと進めることができたのだが、でも、いつも中村くんとふたりでやっているものだから、ときには、そのテイクがいいものなのかどうなのだかふたりとも判断がつかなくなる場面もあり、うーん、これは、保留、とか、うーん、ボツにしちゃおう、とか、ちょっとずつ行き詰まりを感じていた。
そこで、ここ二回の録音(歌の仕上げとか)は、ディレクションに第三者を呼ぶことにした。わたしのことを良く知っている、ムコハンだ。
ムコハンのすばらしいディレクションのおかげで、なんだか急速に全貌が見えてきた。
今まで、これはどうしたものか、と思っていた曲も、歌の表情が変わるだけで、なんだかちょっと凛としてくるのだ。
やっぱり、歌は、要だねえ。
そして、その歌を引き出すディレクションも、とても大事だねえ。
その部分を今まではずっと、自分で判断してきたんだけれども(もちろん中村くんもエンジニアの枠を越えて意見してくれ、それに随分助けられた)。
第三者にその場にいてもらってやっていくのは、いいなあ。安心して、伸び伸び歌える。
そんなわけで、今日も、いい録音になりました。
ほんとうに、あともう少しのとこまで来ているよ。
いつ終わるとも知れないこの遅々とした進み具合にずっと付き合ってきた中村くんが、最近になって、そろそろ終わらせましょうよ!と、わたしのオシリを叩くようにスケジュールを入れてくれた。
それでここ2ヶ月はちょこちょこと進めることができたのだが、でも、いつも中村くんとふたりでやっているものだから、ときには、そのテイクがいいものなのかどうなのだかふたりとも判断がつかなくなる場面もあり、うーん、これは、保留、とか、うーん、ボツにしちゃおう、とか、ちょっとずつ行き詰まりを感じていた。
そこで、ここ二回の録音(歌の仕上げとか)は、ディレクションに第三者を呼ぶことにした。わたしのことを良く知っている、ムコハンだ。
ムコハンのすばらしいディレクションのおかげで、なんだか急速に全貌が見えてきた。
今まで、これはどうしたものか、と思っていた曲も、歌の表情が変わるだけで、なんだかちょっと凛としてくるのだ。
やっぱり、歌は、要だねえ。
そして、その歌を引き出すディレクションも、とても大事だねえ。
その部分を今まではずっと、自分で判断してきたんだけれども(もちろん中村くんもエンジニアの枠を越えて意見してくれ、それに随分助けられた)。
第三者にその場にいてもらってやっていくのは、いいなあ。安心して、伸び伸び歌える。
そんなわけで、今日も、いい録音になりました。
ほんとうに、あともう少しのとこまで来ているよ。
2007年7月3日火曜日
動
なんだかここにきて、いろいろと動き始めている感じ。
静かに、ひとつひとつのことを、喜びを持ってやっていこうと思っている。
けれど、曲の締め切りのこととか、アルバムのこととか、福岡行きのこととか、息子の園のこととか、そのほかしなくてはならないこと、すべてがここ2週間に集中しており、それ全部に思いをめぐらすとテンパってしまいそうなので、とりあえずは心を静かにして、"すべてはうまくいく"と自分に言い聞かしている。
目の前のことをひとつひとつ、きちんと愛を込めてやっていけばいいのだ。
とはいいつつ、どこかにしわ寄せが。
洗濯物が片付けられない、夕飯の用意に手を抜く、など、もっぱら家庭が乱雑になるな。ごめんよ、家族たち。ムコハンがさりげなくいろんなとこでサポートしてくれているのが心に沁みる。お弁当だけは、かろうじて、毎日彼らふたり分、作っているよ。
今日は午前に園の親の会のあと、園の同じ学年の母さんたちとお昼を食べ、その後息子を園に迎えに行き、急いで家に戻って洗濯物を干し、そのまま息子を連れてCM仕事の打ち合わせに出かけ、帰りにバンバンのフクシマくんと軽くごはんを食べ、家に戻って息子をお風呂に入れて、夕飯も食べさせ、息子が寝てからCM用の曲作り。CM用の曲って、わたし的にはいつも瞬発力だから。打ち合わせ後、のノリで作るのが一番いいのだ。
というわけで、第一印象の曲はまずはできたので、あとはのんびりとほかにいくつかの曲の案を出していくとする。
ほかにも、もうすぐ締め切りの子守唄オムニバスアルバム用の曲も福岡に行く前に仕上げておきたいし、なんといっても終わりが垣間見えてきた我がアルバム(もう1年以上やってる)の作業ももう少し進めなくてはなのです。
とは言えども、わくわくします。
動くときなのです。
静かに、ひとつひとつのことを、喜びを持ってやっていこうと思っている。
けれど、曲の締め切りのこととか、アルバムのこととか、福岡行きのこととか、息子の園のこととか、そのほかしなくてはならないこと、すべてがここ2週間に集中しており、それ全部に思いをめぐらすとテンパってしまいそうなので、とりあえずは心を静かにして、"すべてはうまくいく"と自分に言い聞かしている。
目の前のことをひとつひとつ、きちんと愛を込めてやっていけばいいのだ。
とはいいつつ、どこかにしわ寄せが。
洗濯物が片付けられない、夕飯の用意に手を抜く、など、もっぱら家庭が乱雑になるな。ごめんよ、家族たち。ムコハンがさりげなくいろんなとこでサポートしてくれているのが心に沁みる。お弁当だけは、かろうじて、毎日彼らふたり分、作っているよ。
今日は午前に園の親の会のあと、園の同じ学年の母さんたちとお昼を食べ、その後息子を園に迎えに行き、急いで家に戻って洗濯物を干し、そのまま息子を連れてCM仕事の打ち合わせに出かけ、帰りにバンバンのフクシマくんと軽くごはんを食べ、家に戻って息子をお風呂に入れて、夕飯も食べさせ、息子が寝てからCM用の曲作り。CM用の曲って、わたし的にはいつも瞬発力だから。打ち合わせ後、のノリで作るのが一番いいのだ。
というわけで、第一印象の曲はまずはできたので、あとはのんびりとほかにいくつかの曲の案を出していくとする。
ほかにも、もうすぐ締め切りの子守唄オムニバスアルバム用の曲も福岡に行く前に仕上げておきたいし、なんといっても終わりが垣間見えてきた我がアルバム(もう1年以上やってる)の作業ももう少し進めなくてはなのです。
とは言えども、わくわくします。
動くときなのです。
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